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ホントは怖い七夕の起源

投稿: 更新:2019/07/07 by

アドーニスとアプロディーテー

未だ遂げられない復讐の物語

今日は七夕。織姫と彦星。今は短冊に願い事を書くけど、もとの話は全く違う。

一般的な七夕の起源。Wikiから切り出し。

七夕

中国

織女と牽牛の伝説は『文選』の中の漢の時代に編纂された「古詩十九首」が文献として初出とされているが、まだ7月7日との関わりは明らかではない。

一方、『西京雑記』には、前漢の采女が七月七日に七針に糸を通すという乞巧奠の風習が記されているが、織女については記されていない。

その後、南北朝時代の『荊楚歳時記』には7月7日、牽牛と織姫が会合する夜であると明記され、さらに夜に婦人たちが7本の針の穴に美しい彩りの糸を通し、捧げ物を庭に並べて針仕事の上達を祈ったと書かれており、7月7日に行われた乞巧奠(きこうでん)と織女・牽牛伝説が関連づけられていることがはっきりと分かる。また六朝・梁代の殷芸(いんうん)が著した『小説』には、「天の河の東に織女有り、天帝の女なり。年々に機を動かす労役につき、雲錦の天衣を織り、容貌を整える暇なし。天帝その独居を憐れみて、河西の牽牛郎に嫁すことを許す。嫁してのち機織りを廃すれば、天帝怒りて、河東に帰る命をくだし、一年一度会うことを許す」(「天河之東有織女 天帝之女也 年年机杼勞役 織成云錦天衣 天帝怜其獨處 許嫁河西牽牛郎 嫁後遂廢織紉 天帝怒 責令歸河東 許一年一度相會」『月令廣義』七月令にある逸文)という一節があり、これが現在知られている七夕のストーリーとほぼ同じ型となった最も古い時期を考証できる史料のひとつとなっている。

日本

日本の「たなばた」は、元来、中国での行事であった七夕が奈良時代に伝わり、元からあった日本の棚機津女(たなばたつめ)の伝説と合わさって生まれた。

「たなばた」の語源は『古事記』でアメノワカヒコが死にアヂスキタカヒコネが来た折に詠まれた歌にある「淤登多那婆多」(弟棚機)又は『日本書紀』葦原中国平定の1書第1にある「乙登多奈婆多」また、お盆の精霊棚とその幡から棚幡という。また、『萬葉集』卷10春雜歌2080(「織女之 今夜相奈婆 如常 明日乎阻而 年者将長」)たなばたの今夜あひなばつねのごと明日をへだてて年は長けむ など七夕に纏わる歌が存在する。

そのほか、牽牛織女の二星がそれぞれ耕作および蚕織をつかさどるため、それらにちなんだ種物(たなつもの)・機物(はたつもの)という語が「たなばた」の由来とする江戸期の文献もある。

日本では、雑令によって7月7日が節日と定められ、相撲御覧(相撲節会)、七夕の詩賦、乞巧奠などが奈良時代以来行われていた。その後、平城天皇が7月7日に亡くなると、826年(天長3年)相撲御覧が別の日に移され、行事は分化して星合と乞巧奠が盛んになった。

現在は7月7日のお祭りになってるが、もとの旧暦では、今の「お盆」の時期、つまり8月15日。8月15日は、キリスト教の聖母マリアの記念日でもある。

聖母の被昇天

聖母の被昇天(せいぼのひしょうてん)とはカトリック教会の用語で、聖母マリアがその人生の終わりに、肉体と霊魂を伴って天国にあげられたという信仰、あるいはその出来事を記念する祝日(8月15日)のこと。1950年、当時のローマ教皇ピオ12世のエクス・カテドラ宣言によって正式に教義とされた)。

フランシスコ・ザビエルが薩摩に上陸したのも、8月15日。マリアを象徴するのは八芒星で金星、ヴィーナス=シュメルのイナンナ。いっぽうの牽牛は、旧約聖書のタンムーズ。ウシが象徴する、シュメルの神。

日本が軍部官僚による目的合理性のない戦争で原爆を投下され、昭和天皇が敗戦をラジオで伝えたのも、8月15日。偶然だろうか?

タンムーズ

タンムーズ、タンムズは、シュメール神話、アッカド神話の神。イナンナ/イシュタルの夫である。

Tammuzという名はアッカドのTammuziからきたもののようで、初期のシュメールのDamu-zidを源にしている。これが後に標準シュメール表記のDumu-zidになり、アッカド語ではDumuziになった。フェニキアではアドニス(Adonis)となり、後にギリシャ神話にも取り込まれた。

シュメール王名表では、ドゥムジの名を持つ王は二人いる。一人は洪水の前にバド・ティビラを治めていた5番目の王、羊飼いドゥムジ(シュメール王名表#初期王朝時代I(洪水以前))。二人目はウルク第一王朝の第3の王として「漁師ドゥムジ、クア(Kua)を100年間治めた」と載っている(シュメール王名表#ウルク第1王朝の4番目)。これらはたびたび混同されるが、シュメル神話においてドゥムジとイナンナの息子であるルラル神はバド・ティビラの主神であり、ルラル神を祭るバド・ティビラのエムシュ・カラマは古くはドゥムジを祀ったものであるとされているため、洪水前のバド・ティビラ王である羊飼いドゥムジをイナンナの夫ドゥムジとするのが定説である。

ギリシャ神話での、男女が引き離された物語。

アドーニス

アドーニス (古希: Ἄδωνις, ラテン文字表記:Adōnis)は、ギリシア神話に登場する、美と愛の女神アプロディーテーに愛された美少年。フェニキアの王キニュラースとその王女であるミュラーの息子。

長母音を省略してアドニスとも表記される。彼の名は、美しい男性の代名詞としてしばしば用いられる。

アドーニスという名はセム語起源で、旧約聖書のアドナイ(ヤハウェの呼び名「主」)と関係があるとされる。さらに神話の舞台となる場所がギリシア以外であり、元来は非ギリシア系の神話の人物である。元はビュブロスとパポスにおいて信仰されていたフェニキア神話の植物の神であった。

キニュラースの家系は代々、アプロディーテーを信仰していた。しかし、王女ミュラーはとても美しく、一族の誰かが「ミュラーは女神アプロディーテーよりも美しい」と言ってしまった。これを聞いたアプロディーテーは激怒し、ミュラーが実の父であるキニュラースに恋するように仕向けた。父親を愛してしまい、思い悩んだミュラーは、自分の乳母に気持ちを打ち明けた。

彼女を哀れんだ乳母は、祭りの夜に二人を引き合わせた。顔を隠した女性が、まさか自分の娘だとは知らないキニュラースは、彼女と一夜を共にした。しかし、その後、明かりの下で彼女の顔を見たキニュラースは、それが自分の娘のミュラーだと知ってしまった。怒った彼は、ミュラーを殺そうとした。しかし、彼女は逃げのび、アラビアまで逃げていった。

彼女を哀れに思った神々は、ミュラーをミルラ(没薬)の木に変えた。やがて、その木に猪がぶつかり、木は裂け、その中からアドーニスが生まれた。そのアドーニスにアプロディーテーが恋をした。やがてアプロディーテーは赤ん坊のアドーニスを箱の中に入れると、冥府の王ハーデースの妻で、冥府の女王のペルセポネーの所に預けた。彼女はペルセポネーに、けっして箱の中を見るなと注意しておいた。しかし、ペルセポネーは好奇心に負け、箱を開けてしまった。すると、その中には美しい男の赤ん坊のアドーニスが入れられていて、彼を見たペルセポネーもアドーニスに恋してしまった。こうしてアドーニスはしばらくペルセポネーが養育することになった。

アドーニスが少年に成長し、アプロディーテーが迎えにやって来た。しかし、ペルセポネーはアドーニスを渡したくなくなっていた。2人の女神は争いになり、ついに天界の裁判所に審判を委ねることにした。その結果、1年の3分の1はアドーニスはアプロディーテーと過ごし、3分の1はペルセポネーと過ごし、残りの3分の1はアドーニス自身の自由にさせるということとなった。 しかし、アドーニスは自分の自由になる期間も、アプロディーテーと共に過ごすことを望んだ。ペルセポネーは、アドーニスのこの態度に、大いに不満だった。

アドーニスは狩りが好きで、毎日狩りに熱中していた。アプロディーテーは狩りは危険だから止めるようにといつも言っていたが、アドーニスはこれを聞き入れなかった。アドーニスが自分よりもアプロディーテーを選んだことが気に入らなかったペルセポネーは、アプロディーテーの恋人である軍神アレースに、「あなたの恋人は、あなたを差し置いて、たかが人間に夢中になっている」と告げ口をした。これに腹を立てたアレースは、アドーニスが狩りをしている最中、猪に化けて彼を殺してしまった。

アプロディーテーはアドーニスの死を、大変に悲しんだ。やがてアドーニスの流した血から、アネモネの花が咲いたという。

アプロディーテーからアドーニスを奪い、嫉妬深い「卑怯者」として嫌われた、イノシシが象徴する神、アレース。

アレース

アレースもしくはアーレース(ΑΡΗΣ、Arēs、Ἄρης, Ārēs)は、ギリシア神話に登場する神で、戦を司る。ゼウスとヘーラーの子とされる。オリュンポス十二神の一柱。アイオリス方言ではアレウスもしくはアーレウス(Ἄρευς、Areus)とも。日本語では長母音を省略してアレスとも呼ばれる。聖獣はオオカミ、イノシシで聖鳥は啄木鳥、雄鶏。聖樹はトネリコ。

本来は戦闘時の狂乱を神格化したもので、恩恵をもたらす神というより荒ぶる神として畏怖された。「城壁の破壊者」の二つ名がある。戦争における栄誉や計略を表すアテーナーに対して、戦場での狂乱と破壊の側面を表す。その性格も粗野で残忍、かつ不誠実であった。

アレースとは対照的に、理想の男性像とされたアポローン。比叡山を焼き打ちした織田信長は、なぜかバテレンが持ってきたアポローン像を家臣に見せ、「これがワシだ!拝め!」と言ったとか。(副島隆彦著「信長はイエズス会に爆殺され、家康は摩り替えられた」

アポローン

アポローン(古希: ΑΠΟΛΛΩΝ, Ἀπόλλων, Apollōn)は、ギリシア神話に登場する男神。オリュンポス十二神の一柱であり、ゼウスの息子である。詩歌や音楽などの芸能・芸術の神として名高いが、羊飼いの守護神にして光明の神でもあり、イーリアスにおいてはギリシア兵を次々と倒した「遠矢の神」であり、疫病の矢を放ち男を頓死させる神であるとともに病を払う治療神でもあり、神託を授ける予言の神としての側面も持つなど、付与された性格は多岐に亘る。もとは小アジアに起源をもつ神格で、本来は繁茂する植物の精霊神から転じて牧畜を司る神となったという説や、北方の遊牧民に起源を求める説など、アポローンの出自については諸説あり、複数の神格の習合を経て成立したものとも考えられている。古典期のギリシアにおいては理想の青年像と考えられ、また、ヘーリオス(太陽)と同一視されるようにもなった。

古典期のアポローンは主神ゼウスとレートーとの息子であり、アルテミスとは双生児である(ギリシャ神話では姉、ローマ神話では妹とする説もある)。

ギリシア的な神とされるが、『イーリアス』ではつねにトロイア側に加担している。また、母親とされるレートーは、元来は小アジアで信仰された大地の女神で、アポローンはこれに付き従う植物神を核として形成された、複数の神格の集合体と考えられている。その名前もギリシア語に由来するものではないというのが一般的な見解である。

また、生誕後、ギリシアに現れる前の一時期を北方の民ヒュペルボレオイの国で暮らしていたとされ、北海沿岸の琥珀産地と地中海沿岸を結ぶ交易路「琥珀の道」とも深いかかわりを持つ神だと考えられている。さらにアルテミスの起源は北アフリカとされ、この女神と双子であるという性格は、地中海周辺で崇拝されていた女神群の配偶者群(タンムーズ、アドーニス、オシーリスなど)と同列のものと考えられる。

フリードリヒ・ニーチェは、理性をつかさどる神として、ディオニューソスと対照的な存在と考えた(『悲劇の誕生』)。

天皇と将軍の、権威と権力を併せ持ち、勝手にニッポンの時代を変えてしまった信長。私は、信長は偽装死臭いと考えるが・・・

ディオニューソスとアポローン。男女のペアで陰陽の対照、バランス感覚を象徴する。

ニーチェの出身地、ドイツのゲルマン神話で、似たような話。ヒトラーはこの物語が大好きで、精鋭部隊、「ニーベルンゲン復讐騎士団」を創設した。

ニーベルンゲンの歌

剛力無双の勇者であるネーデルラントの王子ジークフリートは、ブルグント国王の妹で、名高い美少女のクリームヒルト姫の噂を聞き、ブルグント国を訪れてクリームヒルトに求婚した。また、クリームヒルトの兄の王であるグンテルは凡庸な男だったが、イースラント(アイスランド)の女王ブリュンヒルトに求婚していた。美貌の一方で大力の女傑であったブリュンヒルトはそれまで数多くの求婚者と武術で勝負し、相手をことごとく打ち殺していた。ブリュンヒルトはグンテルの求婚にも、「私と武術の試合をし、勝てたなら妻になりましょう」と返答する。

そこでジークフリートとグンテルは一計を案じ、ジークフリートの持つ秘宝「隠れ蓑(着る者の姿を隠すマント)」を着てグンテルを手助けし、ブリュンヒルトを打ち負かした。負けるはずがないと思っていたブリュンヒルトは不本意であったが約束通りグンテルと結婚し、国王の信頼を得たジークフリートはクリームヒルトと結婚する。婚礼の夜、王妃となったブリュンヒルトは寝室でグンテル国王を押さえつけて縛りあげ、素っ裸で天井からぶら下げてしまった。その話を聞いたジークフリートは次の晩、グンテルに変装して寝室に入り、逆にブリュンヒルトを腕ずくで組み敷く。それ以来、ブリュンヒルトはおとなしくグンテルに従うようになった。

数年後、ネーデルラントからブルグントに里帰りしたクリームヒルトはブリュンヒルトと互いの夫の上下関係で口論になる。感情的になったクリームヒルトは、婚礼の次の夜、寝室でブリュンヒルトを押さえつけたのはジークフリートであったことを公の場で暴露してしまう。恥をかかされたブリュンヒルトは自室に逃げ帰り、屈辱の涙を流した。

ブリュンヒルトおよび王家に恥辱を加えられたことで、ブルグントの騎士団は憤激した。重臣のハゲネは不名誉をそそぐため、ジークフリートへの報復を計画する。ハゲネは狩猟大会にジークフリートをおびき出し、森の中で不意討ちして謀殺した。さらに、ジークフリートがかつて小人のニーベルンゲン一族を征服して得た莫大な財宝を、クリームヒルトに渡さぬようライン川の底に沈める。

未亡人となったクリームヒルトは、フン族の王エッツェルから求婚される。ジークフリートを忘れられないクリームヒルトは乗り気ではなかったが、ある計画のためにエッツェルとの再婚を承諾する。計画とは、フン族の武力を利用してブルグント国を滅ぼし、ジークフリートの仇を討つことであった。

数年後、クリームヒルトは現夫エッツェルに、友好を装ってグンテルはじめブルグントの人々を招待させた。ハゲネはクリームヒルトの意図を疑い反対するが、結局グンテルとブルグント騎士団は千人の使節団を編成し、フン族の国を訪れる。一行がライン河を渡河するとき、ハゲネはローレライから一行の運命について「1人を除き、全員が死ぬだろう」との不吉な予言を聞く。また東ゴート族の王で当時フン族の客分だった勇者ベルンのディートリッヒは、クリームヒルトが復讐を企てていることを使節団に警告する。その後、クリームヒルトはディートリッヒにも復讐計画に助力するように依頼するが断られる。

クリームヒルトはエッツェルの弟ブレーデリンを買収し、歓迎の宴に出席した使節団を襲撃させる。騙し討ちに気づいたハゲネは刀を抜き、宴席にいた幼い王子を斬り殺す。そしてブルグントとフン族は完全に決裂し、フン族の同盟軍であるデンマークや東ゴート族をも巻き込む凄惨な殺し合いが始まった。クリームヒルトは宮殿広間の扉を閉じて使節団を閉じ込めてフン族の戦士を次々に突入させるが、使節団の死に物狂いの反撃によって戦士のほとんどを失う。使節団側も死闘の中で次々と討ち死にし、広間に立てこもる生き残りはグンテルとハゲネの二人だけとなった。加勢を断ったものの、部下を皆殺しにされたディートリッヒが広間に入り、ハゲネとグンテルを生け捕りにする。

クリームヒルトは地下牢に拘束されたハゲネに、ジークフリートの遺したニーベルンゲンの財宝を渡すなら命を助けると言う。しかしハゲネは「グンテル王が生きている限り、財宝のありかは話せない」と拒絶した。そこでクリームヒルトは「二人の命は助ける」というディートリッヒとの約束を破り、兄であるグンテルを斬首し、生首をハゲネに見せつけた。ハゲネがそれでも財宝の所在を明かすのを拒んだため、激昂したクリームヒルト王妃は剣を取ってハゲネを斬殺した。その剣はジークフリート王子の形見の剣・バルムンクだった。東ゴート族の騎士ヒルデブラントは、敵ながらも縛られて無抵抗の勇士に対する仕打ちに激高し、クリームヒルトを斬り殺す。残されたエッツェルとディートリッヒは、死んでいった多くの勇士たちを思い悲嘆にくれる。

ニーベルンゲンに拘ったヒトラーは(いわゆる)ユダヤ人なんだろ。復讐の神は、旧約聖書の「主」そのもの。歴史の真相は、通説とはまったく違う。

シュメルの粘土板から復元された、世界中の神話伝承の、オリジナル・ストーリー。

エンキの失われた聖書解読

「地球の主」エンキの失われた聖書

イナンナは心に浮かんだこと、ドゥムジとの将来について、彼女に話した。

「偉大な国家の夢を私は抱いています。ドゥムジは偉大なアヌンナキとしてそこで立ち上がるでしょう。私達は皇子の地位を分かち合い、反乱する国家があれば一緒に鎮圧します。私はドゥムジに状況を報告し、国を正しく導きます!」

イナンナの支配と栄光の夢が、ゲシュティナンナにより彼女の兄マルドゥクに報告された。イナンナの野心はマルドゥクの心を動揺させ、彼はゲシュティナンナに秘密の計画を告げた。ゲシュティナンナは、兄弟ドゥムジの所、羊飼いたちが住んでいる所へ行った。美しく着飾り香水をつけた彼女は、兄弟ドゥムジに次のように言った。

「あなたの若い妻と抱擁しながら眠りに入る前に、あなたは姉妹を通して合法的な継承者を得なければなりません!イナンナの息子は継承権への資格を得るべきではありません、あなたのお母様の膝の上では彼は育てられないでしょう!」

彼女は彼の手を自分の手の中に置き、彼の体に自分の体を押し付けた。

「兄さん、私はあなたと一緒に寝ます。花婿よ、あなたにより私達はエンキの仲間をもうけます」

高貴な子孫を自分の胎(たい)からもうけるため、ゲシュティナンナはドゥムジにそう囁いた。ドゥムジは彼女の胎に精液を注いだ。彼女に愛撫されながら彼は眠りに落ちた。夜中ドゥムジは夢を見た。死の前兆を彼は見た。夢の中で7人の強盗が彼の住居に侵入するのを彼は見た。

「主人が我々をあなたのもとへ送った。」

彼らは言った。

「彼らは彼の雌羊を追い出し、子羊や子山羊も追い払った。彼らは彼の頭から領主のかぶりものを剥ぎ取り、王の衣服を彼の体から引き裂いた。彼らは羊飼い用の杖を折り、台の上に載っていたコップを投げ捨てた。裸で素足の彼を彼らは捕まえ、鎖で彼の手を縛った。“皇子の鳥と鷹”の名に誓い、彼らは彼を殺すため置き去りにした」

驚き狼狽したドゥムジは真夜中に目を覚まし、ゲシュティナンナにその夢について話した。

「それは余りいい夢ではありません」

ゲシュティナンナは心を乱しているドゥムジに言った。

「あなたが私を強姦(ごうかん)したと言ってマルドゥクはあなたを非難し、彼はあなたを逮捕するために悪の密使を送るでしょう。彼はあなたを審理し、はずかしめるよう命令するでしょう、エンリル一門との連絡係を断ち切るために。」

ドゥムジは傷ついた獣のように唸り声を上げ、「裏切り者!裏切り者!」と叫んだ。

イナンナの兄弟ウツに、「助けてくれ!」とメッセージを送った。魔よけのために父エンキの名前を彼は唱えた。「蛇の砂漠」とも呼ばれるエムッシュ砂漠を通って、ドゥムジは逃げた。悪人たちから身を隠すため彼は大きい滝のある場所へ向かって走った。水がほとばしっている所の岩は滑らかで滑りやすく、ドゥムジはそれに足を滑らせて落ちた。急流は魂の抜けた彼の体を白い泡の中に飲み込んだ。

(途中略)

イナンナはエンキの住まいに行き、マルドゥクの死を要求した。

「もう、死は十分だ!マルドゥクは扇動者だが、殺人には関与していない」

エンキにマルドゥクを罰する気が無いことを知ると、イナンナは両親とウツのところに行った。彼女は天に届くほどの声で嘆き悲しんだ。

「正義を!正義を!復讐を!マルドゥクに死を!」

エンリルの住まいに、彼の息子たちも合流した。戦いの会議のためである。ニヌルタ(アラム・ムル)は厳しい措置を主張した。マルドゥクとイギギが交わした密約を、ウツは報告した。「邪悪な蛇、マルドゥクを地球から取り除かなければならぬ!」とエンリルは賛同した。

亡きドゥムジを諦められきれないイナンナは、パートナーを決める「聖なる結婚の儀式」を、神殿で始めた。

ヒエロス・ガモス

ヒエロス・ガモス(Hieros Gamos、希: ιερός γάμος)またはヒエロガミー(英: Hierogamy, 希: ιερογαμία)は「聖なる結婚」を意味するギリシア語由来の言葉で、神婚、聖婚、聖体婚姻ともいう。 聖婚は神話や儀礼などにみられる男女二神の交合や神と人の婚姻のモチーフである。創世神話において世界の創造をもたらした天の神と地母神の交わり、豊穣をもたらす男神と女神または神と人の結婚を模倣した祭儀、中世ヨーロッパにおいて修道女が神の花嫁と呼ばれたこと、などが聖婚の例として挙げられる。

聖婚は、象徴的な意味を持つ古代の儀式であり、一般的に春に行われる。これは冬が生命活動に乏しく死を象徴するため、春はそれからの蘇りと考えられたことによるもので、死と再生の儀式の一環である。 多くの場合参加者は、儀式の対象となる神と交信し、自身が神の属性を帯び、そして彼らが結婚することによって、彼ら自身と彼らの土地、そして彼らの民と都市国家の利益のために、象徴的かつ文字通りの豊穣がもたらされるよう祈念した。

いくつかの事例、例えばシュメールの都市国家の王と「天の女王」とされる女神イナンナの女祭司との間で行われる「神聖な結婚」(Sacred Marriage) については、これは実際的な目的にかなった儀式であった。というのは、一般の人々は、自分たちが配偶者と性交をする際によくこの機会を利用していたが、それは、子供が冬に生まれるように調整するためでもあった。その時期には赤ん坊の世話をする充分な時間を確保できたためである。

絶倫イナンナと夜を供にし、生き残ったオトコが「王」として指名され、シュメール王名表にドゥムジの名が再登場。武闘派の王を引き連れ、エンキの長男マルドゥクが統治するエジプトへ攻め入る。

が、結果として復讐は遂げられていない。牡羊座の時代の到来を主張したマルドゥクは、シュメルのバビロンに行き、地球支配宣言を行う。

これに腹を立てた神々は、マルドゥクによる支配を阻止するため、古代から保管される「恐怖の武器」7発を、マルドウク派都市へ投下。が、逆に、「邪悪な風=放射能」がやってきて、自分たちの都市(シュメル)が全滅してしまった。

マルドゥクは「死後の天国(死者の書)」というフィクションを発明。マルドゥクの子ナブは地球人を扇動。少数が多数を支配することに成功。復讐は果たされないまま、時代が移り(牡牛座の時代から牡羊座の時代へ)、地球支配権はマルドゥクの手に。

神々と呼ばれた旧人類の時代は終わり、新人類、地球人だけのうお座の時代。人類は過去の記憶を消され、今に至る。

相関をまとめると

  • イナンナ=アプロディーテー=織姫
  • ドゥムジ=アドーニス=牽牛
  • マルドゥク=アレース=イノシシ(豚)=織姫と牽牛を引き離した原因

やたらエジプトの長男を憎む旧約聖書の「主」は、ブタを不浄のものとして、人間に食べさせない。憎むべきは、ブタが象徴する人物。イスラム教も同じ。敵を皆殺しにするヨシュア記の神は、イナンナそのもの。テーマは、「マルドゥク派への復讐」。

新約でも。マリア=イナンナ、イエスの復活=ドゥムジの復活。

「復讐するは我にあり」

で、旧約に帰り、復讐が予言される。

創世記

3:15 わたしは、おまえ(邪悪な蛇)と女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。

物語の背景は異なるものの、何故か世界中の神話のストーリーが韻を踏んでいる不思議。起源が全てシュメルと考えれば、辻褄が合う。神の起源がぜんぶ同じだから、宗教対立なんて、アホらしいのですよ。地方によって呼び名と解釈が違うだけ。物語が実在したかどうかは、物的証拠を集めなければ信用されないだろうが、世界中に似たような神話があるという事は、同じ記憶を共有しているという事。同じ記憶が深層に残っているのだ。

ポイントは、神話をベースにキリスト教の経典(聖書)が書かれ、教会が出来、戒律が説かれ、法(政治)思想が創られ、世界に広がり、今の法治国家が在る。これは現実にそうなっている事。

問題は、今の法(政治)思想のベースが、マルドゥクが始めた、ニンゲン統治のためのフィクションであるという事。エンキの長男マルドゥク(ペテロ)が発明した統治手法をパウロ(ナブ)が布教した。

ニーチェは「ペテロとパウロが悪いやつだ!」と説いた。ありもしないフィクションを元に微分を繰り返し、法思想の誤りがシンギュラリティを迎え、今の問題に繋がる。法思想は宗教から出てきたのだから、最初のところで認識にマチガイがあれば、最終的にすべてが崩壊する。再帰性理論。「相場は必ず間違える」byジョージ・ソロス。

法律=クソ

皆が想像するのとは違い、「救世主」というのは、信長やジンギスカンみたいな「無慈悲なヤツ」かもしれない。トランプだとすれば、笑ってしまうが。

ラッキーニッキー

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