個人的にキシダ君であって、とっとと始末して欲しかった、エロミナティ札の例の肖像は、シンジロウ君らしい。確かに似ている。笑ってしまう程似ている。てか、シンジロウ君、白髪のメーキャップか画像編集をやってないか?そもそもシンジロウってこんな顔だったっけ?役者立てたのか?
副島隆彦氏によれば、
ヘンな台風10号が過ぎ去って、秋晴れになった。本当に生き苦しい天気だった。副島隆彦 投稿日:2024/09/04 09:47
さて次は、自民党の総裁選挙(投票日 9月27日、金)のことである。私は、1週間前の、8月29日(木)に、元自民党の有力議員だった、立派な人格者の政治家から電話があって、聞いた。いろいろと教えられた。次の日本の首相は、あのバカ野郎の、低能の、 小泉進次郎だそうだ。このことは、もう自民党内で、決まっていることだそうだ。私はびっくりしてご高説を伺(うかが)った。「これは、もうアメリカが決めたことで、アメリカの属国である日本は、そのように動かされる。日本属国論は、副島さんが一番、知っていることではないか」だそうだ。
決して表に出ない支配層のネットワークがなぜ、こんな、駄洒落のような、回りくどくメンドクサイ演劇をやって見せるのか?答えは、「これこれこういう理由で、これからの新しい文明では、我々が与えてきた知識・ルールの枠組内だけでの競争に長けた、秀才タイプの者達が、まるっと不必要どころか、余剰・邪魔者となって要らなくなって、淘汰の対象になってしまい、新しい文明では「勝手にしやがれ」で、天才を活用した、自力救済の、国家なり社会なり法人格なりによる戦争・競争なんて二度と起こりようのない、平和な世の中を創造して下さい。」なんだが、現時点、世の中に起こっている事から「これこれこういう理由で」を認識出来る者は、まず居ないんで、行き過ぎた謀略で無理やり追い込むという措置が取られてしまうのである。ニンゲンは五感で感じないと考えない。痛い思いしながら試行錯誤する事になる。認知出来るには、アタマが賢くて社会経験や知識がいっぱいあってもダメ。逆に、感性があまりにも鋭くて、自分には知識が必要なく感じてもダメ。論理と直感、両方の能力を併せ持って無いとダメ。
ところがどっこい。私はなんと300億分の1の発生確率(複数のパーソナリティ診断による)で、その能力を生まれ持っているのであるから、私はここで、「これこれこういう理由で」の部分について、あなたに語ろう。まぁ、どうせ誰も解んない。
法律てのは宗教で、この世のあらゆる「信じさせ従わせる」奴は”インチキ”だぜ!
ジンルイはなぜ割に合わない宗教や法律や風習を守ってるんでしょうか。なんで空気を読むの?私には子供の頃から不思議でしょうがなかった。ニンゲンはサルから進化したと云われるが、そもそも本能で生きる動物が、神や権威を崇めて禁欲したりするだろうか?他人が勝手に書いたフィクションでしかないじゃん。法律(あらゆるルールも)なんてさ。
まずもって、法律とは宗教である。法律の歴史を遡れば、今は人権思想をベースに法体系が整備されているが、過去には自然権、自然法というのがあり、これはローマンカトリック(バチカン)から出てきた。法律の制定主体は主権者であり、元は聖書の「主」であり、それを英国王ヘンリー8世が、バチカンに反発して英国国教会を作って、自分が神の権威を持つ主権者となり、その後継者チャールズ1世の首を清教徒が刎ねて、フランスで絶対者たる太陽王(ルイ14世)が登場し、その子孫(ルイ16世)の首を、民衆が刎ねて、国民主権が成立した。ニッポンでは英国風現人神の大日本帝国が敗戦し、現行憲法によって、天皇が国民に主権を譲った。よって、主権者は現人神の意識を持って、自分で考え判断しなければ、それは到底主権者とは呼べない。
誰かを「信じて従うヤツら」が居るから、コストでしかない、影響力だなんだ、屁理屈口達者なだけの、ゴミで有害な生臭坊主が蔓延るのだ。それこそが真の問題だ。
原罪とは何か?ジンルイは法律の起源である聖書解釈を180度間違えている
次に、法律学の大元は聖書解釈であるから、聖書解釈まで遡らないと、問題の根本原因は解らない。歴史上、これを「おかしい」と見抜いた者は、天才フリードリッヒ・ニーチェだけだった。しかし、ニーチェの時代では具体的かつ論理的に間違いを切り込む事はできなかった。ルネッサンス時期にグノーシス勢力が乗っ取ったバチカンには、いろんな資料が眠ってるはずだ。最近明らかになったものでは、落合莞爾氏の説を裏付け、ハプスブルク皇帝は天皇の血筋、という資料もあるらしい。しかし彼らは説明しないので、オイラが語っとく。
一体どういう風に解釈を間違えてるのか?こまごまと説明するとキリがないので、簡潔に要約する。重要なヒントは、メソポタミア神話にある。聖書をはじめ、世界中に似たような神話がある中で、最も古いのが、メソポタミア神話。そもそも集団生活で出世がサバイバルであるニンゲンのやる事は、信用は出来ない。古い方が、改ざんが少なく、信用度が高いと考える。
本題。旧約聖書の「主」というのは、一人ではない。天地創造して地球を作ったのは惑星だし、6日間の地球植民地開拓作業で、7日目は休もう、と決めたのはエンキだし、エリドゥ(エデン)から原始的労働者(ニンゲン)を追い出したのはエンリル。大洪水でニンゲンを見殺しにしようとしたのはエンリルで、ノア(ジウスドラ)を救ったのはエンキ。
そして重要なのが、「過ぎ越しの祭」「ヨシュア記」「エゼキエル書」「ダニエル書」などに出てくる、ジンルイに対して攻撃的な主は、恋人(セフレ)のドゥムジ(=タンムズ、エジプトの末っ子)をマルドゥク(エジプトの長男)に殺された、イナンナである。ジンルイがマルドゥクに寝返った(働いて税を納めれば天国に行ける)ので、自分が選んだ王の子孫の所へ行って、恨みつらみを語ったのだろ。
で、マルドゥクがやったことは、「唯一の神、その名は主!」と名乗り、自分が全部やったのだと、チキュウジンに伝え、信じて従う宗教としたのだ。オレは最強!オレを信じて従って、働いて、税金を納めろ!そうすれば天国に行かせてやる!と。
そもそも、惑星の手柄まで自分のものにしたところに、嘘の綻びが見えるのだよ。欧米人の目は節穴なのか?惑星の手柄を自分の名にした原型は、エヌマエリシュに見られる。惑星を創造するようなヤツが、ニンゲン個人の目の前に現れてベラベラしゃべったり、ニンゲンに裏切られたからとねたんで恨みつらみを語ったりする訳がないのである。物理的にありえねー、だ。要は、メソポタミアで「主」と呼ばれてた者達全員の手柄を、マルドゥクが「自分がやった」と、偽装して、寄せ集めた形跡を伝えるのが、聖書である。
参考;エンキの失われた聖書解読
新約にしても同じ事。イエスというのは、メソポタミアの記憶で構成される。「私でなくて父が言っている」というのは、エンキであり、エンリルである。イエスがペテロに「私を愛しているか」の問答に、「愛しています」と何度も答えたのに、最後に「引き下がれサタン」は会話としておかしい。「あなたは神でなくて人のことばかり考えている」というのは、アヌンナキ達の支持でなくニンゲンの多数決で権力を得たという形跡を示す。ヨハネの黙示録のとおり、エゼキエル書及びダニエル書、やったことはヨシュア記の、「ジンルイの罪を許さない」審判の時期(旧約が宵の明星で、今が明けの明星)に戻ったのだった。
このような神話が現実だったのか?創作なのか?は、実は大した問題ではない。ジンルイにそんな事実認定の暇は与えられない。何故世界中に似たような神話があって、それを題材にSF映画を作ればヒットするか?(スターウォーズ、猿の惑星、ブレードランナー等)そもそもジンルイは経験のない事柄・ストーリーを、認識出来ない。いつか知らんが、過去に経験した者が必ずいるはずだ。今や、数千年の色即是空が空即是色で返ってくる時なのだ。
ジンルイの原罪を認定す
そして、新約のテーマは、期限付きでニンゲン達に対する審判を猶予する、という事だ。黙示録でいう「死と黄泉とのかぎ」が開けられると、7年のカウントダウンが始まる。もうとっくに過ぎてるが。よって、これまでの「ジンルイが信じて従ってきた」枠組は、ことごとく壊れてゆくのである。実は聖書とは、500年かけた、あるべき作戦をコード化して伝えた、謎解き文書であって、その精神は、「色即是空・空即是色」の、運命を利用した因果律である。聖書とは「謎解き文書」だ。そこに聖書の価値がある。「信じて従う」為の文書ではない。そして仏教の空の理論により、間違えて始まった宗教文明が終わるという予定説を示す。因みに般若心経の観音菩薩はマグダラのマリアだから、イナンナである。女神のシンボルは思想を示している。時の巡りでチキュウジンの文明が終わる原因は、自ら考える知能を持ちながら、エジプトの長男を信じて従い、税を納める処(反逆の家=国家政府と予算に集る取り巻き連中)を敬ったという、原罪である。
最終的には、思想は「勝手にしやがれ」のアナーキー状態であって、俯瞰すれば、自然法則による適材適所で経済が回る、共産主義状態となる。その実現の為には、競争(受験・出世・経済、表も裏も)に長けた者達は、危険であり、邪魔なのだ。
話は変わって、相場の件。ニッケイが暴落したが、去年の水準に戻ってるだけだし、ダウ平均がフィボナッチの1.618倍をまだ達成してないもんですから、世界金融経済の爆縮前には、まだ上がるんだろうと思ふ。あとは、想定外に平和的なアンゴルモアの大王プーチンが、いつ本気を出すか?
Feel the heat pushing you to decide.