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金融経済の「5倍限界論」

投稿: 更新:2019/11/11 by

イトスギ

裏付けの価値に対し、発行出来る通貨は5倍が限界。超えると必ず、御破算のため、スクラップ・アンド・ビルドが必要になる。

目次

IMFの警告

IMF(国際通貨基金)によると、今、世界の借金の総額が「2京(けい)円」になって、「最悪の事態に備えろ!」という警告。京という単位自体、関わる事がないけれど、兆の上の単位、0が16個。200000000000000000円。1000単位で数字を切り上げる欧米では、20quadrillion円。これって、ほとんど「お国」の借金。タイムリーにヤバイドイツは、「いや、大丈夫」と言うが。

我が国。日本の国家役人の、主権者様からの借金は、1100兆円。国民様の借金ではない。念のため。借金してる奴らは、何故か選挙で選べねぇし。1100兆円。英語では、1quadrillion1trillion円。ニッポンの天下り上級国民どもは、世界借金ミッションに、相当貢献してる。

最近話題の、通貨を自分で発行出来る国家は、幾ら借金しても大丈夫。破たんしない。というのが、アベノミクスをネタにした、MMT理論(Modern Monetary Theory)。そんな都合よくゆくワケない。論理的には必ず破たん。かといって財務官僚が主張する「増税で財政健全化」は、もっと酷い。「暗記バカ」の一つ覚え。瞬殺アウト。

何れにしろ、必ず御破算のスクラップ・アンド・ビルドが必要である。救済措置など実在しない。なぜか?

5倍のジレンマ

金融経済の限界

世界の金融経済は、金→信用通貨→架空信用通貨→デリバティブ、そしてデリバティブを支えるための金融緩和と、元手に対し、信用を証券化し、世間に回す事で、拡大させてきた。

ところで、かつての価値の本位財「金」に対し、信用通貨が発行された量は、5倍らしい。更に、現在のGDPに対する、債券やなんやら、金融資産の総量も、5倍らしい。なぜ5倍なのか?

5倍で思い出したのが、日本を代表する思想家、小室直樹氏の、「日本人のための経済原論」など、複数の著作で解説された、ケインズ経済学の単純化モデル。天才知識人、小室直樹氏は、日本人には非常に珍しく、1から100までを、論理的に解説した。私は、最後の1%、「神権政治の始まりの原理」を押さえてしまっているので、世界の天才の知識を借りて、0から100まで論理だけでゆく。法の思考に必要なのは、論理と、「割に合うかどうか」の合理性のみ。近代法が規制する、権力の化け物「リバイアサン」に対し、情け容赦など要らない。一般的な知識人や官僚たちはどうだろう?論理はせいぜい10%で、自己都合解釈。残りの90%は、伝統主義や忖度・感情論・「皆に合わせる」じゃねぇの?

話を戻し、ケインズ経済学単純化モデルは、連立方程式になっている。

  • Y=C+I・・・・・・式(1)
  • C=aY・・・・・・式(2)

各記号の意味。

  • Y:国民所得
  • C:消費
  • I:投資

「I」は固定値とする。貨幣を振り出すための「見せ金」の金塊だから、一定量。「I」を1と入れる。

式(2)の「a」は、個人が、労働による収入から幾らの割合を消費に回すかという割合。小室氏の著作に倣い、8割の「0.8」とする。手取り20万なら、16万を消費に使う。そんなもんだろ。初任給だと4万ぐらい税金で取られるから、そもそも全額使えない。

連立方程式を解く。すると、Yの数値は、5となる。つまり、1を投資すると、GDPが5倍に増える。見せ金の金塊を「1」として振り出すと、流通する貨幣総量は「5」になる。5倍に増える。

金利の本質と財政破綻黙示録

GDP、つまり収入を担保に、債券を降り出すのも同じ理屈。借金を元本に金融資産を振り出す。要は、何を担保にするにせよ、裏付けを元に債券を振り出せるのは、5倍が限界と言いたいのだ。

しかし担保にするものがある限り、5倍5倍で、バランスシートを膨らます事が出来る。会社の倒産に賭けるデリバティブとか。

ここまでは「金融経済」の話。実体経済から離れた、「数字のゲーム」。実体経済に応用するには、思考の転換が必要。

実体経済からの乖離

小室直樹氏の弟子である副島隆彦氏が、この方程式の記号の読み替えをやってたのだけれども、こんな感じ。読み替えによって、実体経済を示す。

  • Yを、価値の総量
  • Cを、設備投資や労働者などのコスト=「労働者」
  • Iを、イノベーション(新機軸)や、発明を起こす「天才」、新たな価値の創造

Yは、価値の総量=有効需要の総量。

Cは、消費者であり労働者。大多数一般ピーポー。

Iは、これまで流通していない「新しい価値」を発明・創造出来る、「ほんの一握りの、抜きんでた天才」。又は、新たな価値そのもの。ほんの一握りでいいのだ。経済全体が5倍に増えるんだから。

歴史上、これまで行われたのは、未開発の新規市場、中国やアフリカなど、フロンティアの途上国を開発し、Cの労働と消費を増やすというやり方。ところがもう、フロンティアは無くなってしまった。

金融経済が限界にぶち当たったのは、勤労の美徳。結果をCにばかり求めてきたから。

金融経済と実体経済の矛盾を解消するには、Iを増やすしかない。ところがここで問題。

「I」の新たな価値として、どんなものが相当するか?。電気をタダで供給する施設、水で走るクルマ、放射能を無効にする技術、病気もケガも何でも元通り治してしまう不老不死の技術、とか。

新しい価値は、誰もが夢見る技術だけれども、問題は、既得権に抵触してしまう点。教育もマスコミも既得権に染まっているので、仮にそういう発明の研究者がいたとして、既得権が存在する限り、オモテに出る事は無い。

常識破りの天才を育成しなければならないのだが、既得権者のために作られた、常識に染まった規制や枠組みが、邪魔をする。

企業が、同じ技術の少し進歩で、買い替え需要とか、リピートを期待するようでは、ダメだな。クルマでもパソコンでも、「一生もの」を作ってこそ、「ものづくり」。次は完全に違う価値を売らないと。ていうか、スタティックな組織自体がダメなのだ。ニンゲンが集まると、サル山になってしまう。その都度、てんでバラバラなとこから自主的に人が集まるプロジェクトに変えなければ。

主観的なものを「政策」出来ない

ところで「価値」は主観的なものであり、数値では測れない。ケインズは「公共事業をやれ」と言ったが、それは昔の話。今では官僚べったりの土建屋だけが儲かり、無駄なハコモノが残る。もはや政策は無駄しか産まない。じゃあ、どうすればいいか?とことん規制を無くす。

ビッグデータに繋がった、スマホでネットのIT時代。同種の商品なら、検索で安いものを買える。需要と供給、自動で均衡点が与えられる。人類は「見えざる神の手」を手に入れたのだから、古典経済学に帰るべき。

世界支配は「サル山の法則」

解は、レッセフェール「自由放任」。あらゆる規制を徹底的に無くす。既得権を、全てぶっ潰す。それで一時的に何が起ころうが、それは「産みの苦しみ」であるから、構わない。

偶像崇拝者の死

神を騙る者たち

問題はどこに存在するか?官僚組織。ニッポンだと霞が関。天下り上級国民。なんで「天下り」なのかなぁ、と、私は子どものころから疑問に思っていたのだが、ニッポンの官僚組織というのは、かつてヨーロッパで権威を独占していた、カトリック教会に同じ。「邪悪な蛇」の承継者。神を騙る者たち。

今の日本国憲法は、アメリカが持ってきたプロテスタントの自由民主主義。しかし、それより下、民法や刑法、商法など、法律は、戦前のものが一部改正だけで、流用された。

遡り、戦前の大日本帝国憲法は、「人の子にして神の子」イエスキリスト(天皇)を頂点とした、カトリックの戒律そのもの。戒律自体は、イエスではなくてパウロの言葉。法律の原理原則は、ローマン・カトリックそのもの。明治維新の本質は、天皇家が、日本開国のため、イエスキリストを演じて、ヨーロッパ法治主義を日本に導入するという、プロジェクト。それが本来の「神道」と言えようか?一種の統治テクニックだ。

法律=クソ

「政教分離」なんて言ってるが、法律のベースがローマン・カトリックの「戒律」なのだから、カルト偶像崇拝そのもの。論理なんてありやしない。伝統主義と上司への忖度だけ。結果として、法律も霞が関も、戦後の自由民主主義憲法に抵触。

公務員は公務員ではない

戦後、偶像崇拝の御本尊である教会(霞が関)は、裏帳簿(特別会計)とトンネル(財政投融資)と天下り先(公社)のブラック・ボックスを作り、信者(国民)から強制徴収したお布施(税)を、そこに投入。

上級国民とその取り巻きだけが利益を享受する、天下りブラック・ボックス。平成時代。「官から民へ」公社を民営化しても、結果は同じ。彼らも「官から民へ」天下るのだから。それまで脇役だった、産業の規制を司る役人が活躍。経団連の輸出企業にすら、乗っ取りをかけた。

最期のスクラップ・アンド・ビルド

日本だけではない。世界的に基本構造は変わらない。ヨーロッパならEU官僚、アメリカなら民主党・マスコミ・軍産、中国なら腐敗官僚が、国家予算に集る。要するに、現在の、実体経済を伴わない金融経済は、かつての教会権威主義、ローマン・カトリック。偶像崇拝そのもの。

どうするか?彼らの拠り所を、ボコボコに破壊すればいい。「邪悪な蛇」を、地球から取り除かなければならない。それが米トランプ大統領登場以降の、世界の動き。それが偶像だったと知った時、皆が、「金融経済に相当する実体経済は実在しない」という事実を、無理矢理凝視させられた時、全てが崩れる。

何が起こっても、オレにとっては、今の体制が続くよりマシ。もちろん国保や年金は、無くなるでしょうね。

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